新緑の葉を付けた樹木が、高速道路の両脇に大きな日陰を作っていた。車の進行方向には、岩肌を露出したなだらかな山が見えていた。それがペンシルバニア州に入った証だった。5月上旬にしてはやけに暖かい、天気のいい土曜日の午後だった。マイナーにいる井川慶を訪ねるのは、去年から数えて通算三度目のことだった。夕方六時過ぎだから、すでにスクラントン・ヤンキースのホームゲームは終わっているはずだ。車中から電話をかけると、彼はすでにホテルに戻って休んでいるところだった。
「……はい、まぁ普通ですよ」
電話での会話の最初は何年経っても変わらず、多少ぎこちない。普段の会話とは違う、少しあらたまった感じである。元気なのか、と尋ねただけだったが、彼はまるで今までそういうことを訊かれたことがなかったかのように、やけに勢いよく返事をする。
「調子ですか? まぁいつもと変わりないですね……はい、普通です」
マイナーで開幕を迎えた井川は、そのままメジャーに上がることなく、もう間もなく一ヶ月を過ごそうかとしているところだった。
「とりあえず、先発で使ってもらってますから、それについては結果的に良かったのかな、と思いますけど」
彼はマイナーにいる自分を肯定的に捉えていた。
5月3日の午後、ニューヨークでは“ある噂”が流れていた。
それは今季開幕メジャーを勝ち取り、ヤンキースの先発ローテーションに食い込んでいたイアン・ケネディーがマイナーに降格する、という噂だった。
当時のヤンキースは東地区の下位に低迷していた。しかし、順位はあまり大きな問題ではなかった。長いシーズンを戦う上で、必要不可欠な先発ローテーションが半壊していることが本当の問題だった。
最大の誤算は、ヤンキースが命運を託した二人の若手投手―21歳のフィル・ヒューズと22歳のイアン・ケネディー―だった。
4月29日の対タイガース戦に登板したヒューズは、その試合で四回持たずに8安打6失点と大崩れ。今季の成績を0勝4敗、防御率9.00とし、翌日には故障者リスト入りしてしまった。ケネディーはその二日後の5月1日、やはり対タイガース戦に登板したが、こちらは5回持たずに5安打4失点で降板していた。そこまでの成績は6試合で0勝2敗、防御率8.37と不調を極めていた。
「ああ、そうなんですか。あんまり調子良くないのは知ってましたけど、あんまり気にしてないんで」
あまり、というか、全然でしょ?
「うん、まぁでも、上がれるかどうかとかは、自分にはコントロール出来ないことだし、実際にそうなってみないと分からないことですからね」
自信ないのかよ、と突っ込みたくなるが、次に出てくる言葉は真実だった。
「チェンジアップなんかは大分良くなってきているし、自信はありますけど、実際にメジャーで投げてみないと何とも言えない」
5月上旬、キャンプにおける救援投手としての起用を経て、、彼は先発投手として本来のピッチングを取り戻しつつあった。
スクラントンのPNCフィールドは、山の中に建てられたような野球場だ。
山間の渓谷のような場所にあるために、外野フェンスの向こう側には崖があり、その頂上にはレストランが見える。
「……熊が出るらしいですよ」と井川は言った。
思わず「嘘つけ」と言うと、井川は笑いながら言葉を続けた。
「ホントですって。ここって外野にブルペンがあるじゃないですか。崖の下になるんですけど、暇だからって、誰かがバナナを熊にやってたらしいです」
まさか餌付けをしていたわけではないだろうが、そういう出来事をすんなり受け入れることができる環境ではあった。そもそもスクラントンの郊外、野球場のあるムーシックという町は、冬場はスキー・リゾート地として賑わう場所である。熊の住処があったところで何の不思議も無い。
「…日本にはないですよね、こんな野球場」
登板日を翌日に控えて、井川は幾分リラックスした雰囲気を漂わせていた。
「明日ですか? まぁ普通に投げますよ。マイナーリーガーなんで、結果残さなきゃいけないし」
何気ない言葉、さほど面白みのないコメント。ところが井川は、それを翌日になってあっさりと覆すのである。
5月4日の午前、スクラントン・ヤンキースの記者席では、ニューヨークのケーブル局の映像が流れていた。ニューヨーク・ヤンキースの解説者が、ケネディーのマイナー降格を伝えていた。噂が現実のものとなったのだ。
「彼(ケネディー)は才能のある投手だし、マイナーで数試合登板して調子を取り戻し、メジャーに帰ってくるというのが首脳陣の希望するところです」
画面が切り替わってヤンキースタジアムのブルペンが映された。そこには試合前の投球練習に励む、井川の元同僚で27歳のダレル・ラズナーの姿があった。故障者リストに入ったヒューズの代役だった。
「今日、ラズナーはチャンスを手にしているわけです」
解説者がそう言い、こう言葉を続けた。
「スクラントンで防御率0点台の実力者が、メジャーでも通用すると証明するためのチャンスなのです。そして、おそらくケイ・イガワも昇格し、同じ様に試される日がやってくるはずです」
千歳一隅のチャンスだった。
ケネディーのマイナー降格に、日本で言うような「二軍での調整」的意味合いがあったとしても、井川が圧倒的な結果を残せば、ケネディーが戻る場所はなくなるのだから。
5月4日の午後、井川はいつも通りに外野でウォーミングアップを行い、キャッチボールから遠投を経てブルペンに入った。アメリカでは珍しく、PNCフィールドのブルペンは屋根が掛かっており、井川がどんな風に投球練習をしたのかは見えなかった。彼が投げている姿を実際に見ることができるのは、試合開始直前の投球練習の時になってからだった。
井川は小走りにマウンドに上がり、サングラスの位置を少し直してボールを投げ始めた。
ダーラム・ブルズ打線に対し、彼は初球から10球連続で速球を投げ続けた。球は走っていた。井川は先頭打者を三球三振に仕留めた。ところが制球力が今一つで、二番打者を四球で歩かせてしまった。三番打者も2ストライクと追い込んだが、勝負球のチェンジアップが外れてフルカウントになったところを狙われた。打者が絶対に振ってくるカウントでの甘い速球。痛い目に遭う瞬間は、メジャーもマイナーも変わらない。高めに浮いた88マイルの速球をレフト線に弾き返され、井川はいきなり1点を失った。
「(カウント)2−3だったけど、(ボールを)置きに行きたくはなかったので、腕だけはしっかり振ろうと思って投げました」
と試合後の井川。確かに威力のないボールを投げて長打にされるよりは、被害は少ない。五番打者にもライト戦に運ばれて2点目を失ったが、彼はゲームを自分のペースに持ち込み始めた。
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