リーハイバレーの夏は、じっと立っているだけで汗ばんでくるほど暑かった。
アイアン・ピッグスの本拠地コカコーラ・パークのブルペンはマウンド以外は人工芝で覆われており、そこから立ち上る熱気が選手たちに汗をかかせた。
7月上旬、スクラントン・ヤンキースの選手たちが投球練習を始めようとしていた。井川はいつも通り外野で体をほぐし、ブルペンに入ってからは手持ち無沙汰に順番を待った。四人目として投球練習を開始した井川は、切れのある速球とチェンジアップを中心に約15分程度投げた。噂のカッターは二球だけだった。
出し惜しみかよ、と練習後に不満を言うと、井川は笑ってこう言った。
「だから、あんまり練習しないほうがいいんです。考えすぎると良くないから」
打者に投げてみないと分からない球種ではある。
「ちょっと思うのは、(カッターは)高めにいかないと打たれるような気がする」
どういうこと?
「低めに投げて、結構ホームランとか打たれてる。距離があると駄目なのかもしれない。低めだとちょっとあるじゃないですか」
そう言いながら、井川はバッターが構えて低めのボールをバットですくい上げる仕草をした。「距離」というのは打者の体とボールの間にある、ほんのわずかな「距離」のことだった。
「内の高めだと距離がないから、普通に考えれば打つほうはかなりきついと思う。でも、低めだとまだ手が伸ばせるし、外の高めに投げてもやっぱり距離があるから打たれる。外の低めだと今度は遠すぎて、手を出してこない」
カッターを投げるなら、内角高めが一番効果的なのだろうか。そんなことを話しているところに、スクラントンのチャベス投手コーチが都合よく通りかかった。
「君は日本人かい?」
不機嫌そうな顔つきで、彼はそう尋ねてきた。
「そうですよ」
「こいつが誰か知ってるか?」
「ケイ・イガワでしょ」
そりゃ知ってますよ。今、話してんだから。
「違う。こいつはピエロ(道化師)だ」
面白いやつ、という意味だった。仏頂面のチェベス投手コーチだが、口元だけは緩んでいた。チャベスは井川が何となく持っていた疑問に、「当たり前だろ」という風に答えた。
「カッターは胸元へ投げなければならない。他の場所へ投げてもいいが、胸元へ投げることが最初のステップなんだ」
ロチェスターでは、低めに投げて打たれたという。
「低めに投げるならスライダーだね。足元には手が伸びる分、スペースもあるわけだし、もっと大きな変化がなければ、タイミングが合ってしまうんだ」
スペース=空間。なるほど、カッターを実戦配備して痛い目に遭った井川の実感は、当たっていたということだ。
分かりやすい回答だった。確かにカッターを武器とする投手の多くは、それを打者の手元に投げて、バットの根元で打たせて取る。外野へ飛ぶ確率は少なく、打球が死んでいるので野手の間を抜けて安打になる確率も少ないからだ。
「イガワはいい生徒だ。今でもいいピッチャーだが、もっとカッターを使えるようになれば、メジャーでも自分が望むような結果を得ることが出来るだろう」
とチャベス投手コーチ。マイナーリーグの投手コーチは忙しい。毎日、球場に早くやってきて、登板しない投手たちの面倒を見なくてはならない。面倒というのは、彼らの投球練習に付き添って、観察し、アドバイスを与えたりするためだ。メジャーリーグのように相手打者を徹底的に研究するようなことはないが、選手育成のために数多くの情報をインプットしなければならない。チャベスも井川のことをよく見ている。
「イガワはいいピッチャーだ。去年はどうだか知らないが、今年に限って言えば、制球を乱して崩れたなんてこともないし、いつでもメジャーで投げられるだけの実力はある。あとは運次第だろう」
運次第?
「ヤンキースは他のチームと違う。今すぐ勝たなくちゃならないし、選手を育成している暇なんてないんだ。もとよりチャンスは少ないし、すぐに結果を要求される。私はそんな彼らのメインテナンスをしなければならないから、大変だ」
大変だ、と言いながら、彼は肩をすくめて笑った。
今季の井川を、奪三振だけで表現すると、概ねこんな感じになる。
「4月には3試合で一試合7個以上の三振を奪った井川だが、5月に入ると一度も7個以上の三振を奪う試合がなかった。それでも5月半ばから6月半ばにかけて5試合で一試合5個以上の三振を奪ったが、7月以降となると、一試合五個以上はたった二試合だけになった」。
奪えなくなったのではない。井川は自分の意思で、あえて三振を奪わなかったのだ。7月以降、一試合5個以上の三振を奪った試合はたったの二試合だけだが、その内の一つ、8月21日の対ロチェスター戦では、あえて「三振を狙いにいった」と言う。
「前の試合でケネディーが三振を一杯取ったので、自分もやってみようと思ってやってみたら取れた。でも、やっぱり球数が多くなっちゃって」
その試合で井川は8個の三振を奪ったが、5回で93球も費やしてしまった。
「明らかに真っ直ぐの時とかに投げられればいいかなと思っている。2シームを投げていたような時。カウントが不利になった時とかですね」
いわゆるバッティングカウントになれば、打者はほぼ間違いなく速球を待っている。そこにカッターを投げれば…バットが木っ端微塵になることもあるだろう。それにチェンジアップが彼の大きな武器だとすれば、それと対になる球種として対右打者用に使えるかも知れない。
「それは考えたことがない」と井川は言った。
「カッターとチェンジアップのコンビネーションというのは考えたことがなかった。自分の場合、真っ直ぐとチェンジアップ」
昔の野球漫画に登場する魔球のように“絶対無敵”の武器ではないが、井川のピッチングは2008年を通じてゆっくりと進化を遂げたのかも知れない。
7月に入ると、ヤンキースの先発ローテーションは開幕時から半数が変わっていた。残っていたのはアンディ・ペティットとマイク・ムシーナのベテラン二人だけだった。残る三つを球宴から転向のジョバ・チェンバーレイン、5月にマイナーから昇格して、“意外な”活躍をしていたダレル・ラズナー、そして、6月にレンジャーズから自由契約となったシドニー・ポンソンが占めていた。
エースの王健民は、6月半ばの両リーグ交流戦で「滅多にしない」ベースランニングの際に右足を傷めて長期の戦線離脱を余儀なくされていた。“有望株”フィル・ヒューズは、肋骨を痛めてまだ全力では投げられない状態だった。もう一人の“有望株”イアン・ケネディーは、5月にメジャー再昇格して井川の代わりに登板したが結果を残せず、直後に背筋を傷めて故障者リスト入りしていた。そういう出来事が起こる度に井川のメジャー昇格が噂になったが、実際に井川が昇格したのは、6月27日の対メッツ戦で救援投手が足りなくなった時だけだった。
それから間もなく、ヤンキースはゼイビアー・ネイディーという伸び盛りの外野手をパイレーツから獲得するために、ロス・オーレンドーフ投手やジェフ・カーステンズ投手らを交換要員として差し出した。さらにマリナーズが左腕ジャーロッド・ウォッシュバーンの放出を考えている、と噂された時には、交換要員の一人として「Kei Igawa」の名前が挙げられていた。
「トレード(の可能性)とか言われても、自分で選べることじゃないので、正直、何も考えてない。それで気持ちが切れたり、やる気をなくしたりとかないですね。ここでは先発をやらせてもらっているので、やり甲斐はあるし」
井川の中に、他球団に移籍してメジャー昇格のチャンスを掴むという期待が無かったわけではない。しかし、7月末のノンウェイバー・トレード期限が来ても、彼の身には何も起こらなかった。それどころか、ヤンキースは井川の「未来」に意外な決断を下したのである。
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