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●KQUEST COLUMN 2007

KQUEST 第七回 A tiny little step -2-

 

   ロードアイランド州の州都プロビデンスは、井川がビジターチームの一員として訪れたポータケットに隣接している小型都市だ。イタリア系アメリカ人の人口比率が多いせいか、市内にはイタリア人街もあり、週末ともなると本格的なイタリア料理を求めて各地から観光客が訪れる。
 9月1日の夜、井川はそのイタリア人街のメインストリートにある某レストランを訪れていた。
「ダブルヘッダーの合間ですか? 特に何もしていませんでしたね」
 と井川。すでに時刻は10時を過ぎていた。そのレストランは店内の薄暗い照明のせいか、比較的、落ち着いて食事の出来る場所だった。ただし、食事専用エリアの他にバー兼用エリアも設置されており、そちらでは大勢の客がTV中継を見ながらレッドソックスを応援していた。
「チームメイトですか? 皆、大体、ソファに座ってTVとか見ていましたけど、自分の場合はこっちのTV見てもよく分からないし、かなり暇でしたね」
 その日、スクラントン・ウィルクスバー・ヤンキースはダブルヘッダーを戦った。それは雨天中止となった初夏のゲームの埋め合わせだった。
 小規模経営で行われているマイナーリーグにおけるダブルヘッダーは、通常、各7イニングで行われる。それは経営者の労力削減という意味合いではなく、薄給のマイナーリーガーへの負担軽減が目的だった。試合が行われる間隔も短く、第一試合が終了した30分後には第二試合が始まるのが普通だった。
 ところがこの日はいつものダブルヘッダーとは事情が違っていた。
 

   9月の第一月曜日はアメリカ版勤労感謝の日=Labor Dayだったが、それはマイナーリーグの各球団にとっては今季最後のシリーズであることを意味していた。マイナーリーグの観客の大部分を占める子供たちにとっては、夏休み気分を味わえる最後の週末でもあった。それゆえに夏休みの間、マイナーの各球団は様々なプロモーション(ゲートでのプレゼントなど)を行って集客作戦に出る。この週末もポータケットで日替わりのプロモーションが行われていた。
 ポータケット・レッドソックスにとっての問題は、中止となってこの日に組み込まれた第二試合では、第一試合とはまったく別のプロモーションが行われる予定だったことである。それぞれのプロモーションが違えば、そこに協賛しているスポンサーも当然違う。そうなるとビジネス上の理由により、この日のダブルヘッダーを単なる雨天中止の再試合=7イニングの2試合と定めることが出来ない。そこでポータケット・レッドソックスが下した苦渋の決断は、きちんと客を入れ替えて行う正規の9イニングでの2試合決行だった。
 第一試合開始は12時半、第二試合開始は6時5分である。当然、第一試合が早く終われば、それだけ間延びしてしまうことになる。
「朝の内にトレーニングが終わってしまいましたから、その間はホント、何もすることが無くて暇でしたね」
 と井川は苦笑いした。もっとも、彼や彼のチームメイトにとってのもっと大きな問題は、レギュラーシーズンが終わってからの予定だった。
 

「うち(ヤンキース)はもう地区優勝を決めたので間違いないんですけど、対戦相手がまだ決まってないんです。やるとしたら相手はリッチモンドかロチェスターなんですけど、どっちにしてもここから行くのは遠いですから」
 それはおかしな話だった。リーグ最高勝率を記録したスクラントンが、ホーム・アドバンテージを貰えずにワイルドカードで勝ち上がった球団の本拠地で最初の二戦を戦うとは……?
「……ですよね? でも、敵地で2試合やった後に地元で3試合出来るから、という考えらしい。敵地で2連敗したらもう後がない、とか考えていない」
 マイナーリーグではレギュラーシーズンが終わると、一日のオフを置いてすぐさまプレーオフが始まる。従ってスクラントン・ヤンキースの面々は、月曜日のレギュラーシーズン最終戦が終わると同時にバスに乗り込み、プレーオフ第一戦が行われる敵地へと向かうことになっていた。
 バスで9時間のロチェスターか、12時間のリッチモンドか。
「一緒に行きましょうか?」
 笑えない冗談だ。とんでもない。
「自分はもうここで投げないんだし、次はプレーオフでしょう? 第二戦に先発するんですよ、そこはきちんと取材してもらわないと」
 と嬉々とした表情の井川。それは百も承知だ。彼のレギュラーシーズン最終戦を見届けるためだけにポータケットに来たのではない。
 シーズン終盤を迎えたからこそ分かるはずの、謎を解くためである。
 

 レストランのバー兼用エリアが騒がしくなったのは、我々が食事を終えようとした頃だった。そちらの方へ目を向けると、誰かが興奮気味にこう叫んだ。
“Yeah! He did it! He tossed the no-hitter!”
 ノーヒット・ノーラン?
 この夜のボストン・レッドソックスの先発投手は、本来ならばポータケットでのダブルヘッダー二試合目に先発していた新人のクレイ・バックホルツのはずだ。TV画面を見ると、フェンウェイパークのフィールド上がまるで優勝したような騒ぎになっていた。
「マイナーにいたら自分と投げ合っていたのかな?」
 井川は短くそう言った。
 考えてみれば、バックホルツも井川もメジャーでは同じ新人扱いである。ドラフトとポスティングと入団の経緯は違うが、シーズン開幕前、多くの人間にとって彼らは共に未知の戦力だった。
 その二人が今、まったく違う立場でシーズンの佳境を迎えていた。
 あまりにも対照的で残酷だ、と言いたいわけではない。開幕した頃にはメジャーなど有り得なかったバックホルツがフェンウェイパークでノーヒッターを演じ、ヤンキースタジアムで開幕を迎えた井川がマイナーの球場にいるという事実は、「憧れ」や「挑戦」といった曖昧な言葉では片付けられない「メジャーリーグで戦う」というリアリティなのだ。
 2007年のシーズンは、井川にとって屈辱のシーズンだったのだろうか?
「まぁ、今までとはまったく別のシーズンでしたね」
 井川はそう言って、彼にとっての2007年を語り始めた。
 

「2005年なんかとはまた違います」
 井川はそう言った。2005年とは彼が不調のために二軍での調整を強いられたシーズンのことだ。
「ファームに落とされたという意味では同じかも知れないけど、今年はこっち(アメリカ)で初めてですし、それ以前の……2005年以前の二軍にいた時代の方が、感覚的には近いかもしれない」
 それはおそらく嘘ではない。最初にマイナーで落ちた時も、二度目に落ちた時も、彼の中には「屈辱」に塗れているという雰囲気は無かった。危機感がないわけではなかったが、当時の彼は自分の居場所を探すのに一生懸命で、感情的な変化を感じ取る余裕はあまりなかった。
「もっと投げなきゃ何も分からないっていうのは最後まで同じでしたね。それはメジャーだけではなく、マイナーだって同じなんです。例えば今、マイナーのネット裏でピッチングチャートとか付けているけど、実際にマウンドに立ってみないと分からないことの方が多いわけですし」
 具体的にはどういうことだろう。
「例えば右バッターのインサイドに投げるのでも、こう上から投げるのと、ちょっと気持ち、横から投げるのとでは違うから」
 また感覚の話だ。しかし、それは井川慶という「理詰め」でピッチングを組み立てるピッチャーの本質的な部分かも知れない。
 

 マウンドから見える風景。バッターが立った時の風景。そこにしかない極めて感覚的なモノを、井川は文字通り肌で感じ取り、自分のピッチングに生かしている。
「右バッターの内側に投げる時、上から投げた方が打ち取れるというイメージがあればそう腕を振るし、少し横から腕振った方がいいというイメージがあれば、当然そうする」
 はっきり言えば、今季の井川はそこまで神経を研ぎ澄ますチャンスが少ないままで、間もなくシーズンを終えてしまうところだった。
「Learning processなのだから仕方がないよ」
 学んでいる最中―。そう言ったのはスクラントン・ヤンキースに同行していたギル・パターソン投手コーチだった。便宜上、彼の本職はルーキーリーグの投手コーチということになっているが、ヤンキースの選手育成部門を統括するナルディ・コントレラス投手コーディネーター直属の補佐役である。8月に入って多くのマイナー投手がメジャーに昇格したことに伴い、スクラントンのデイブ・エイランド投手コーチが指南役としてニューヨークに移動。その後を受けてスクラントンに残された若い投手をサポートするためにやって来た。
「もしも彼(井川)が今もヤンキースにいたとしたら、今頃、彼は何勝していると思う?」
 そういう考え方はしたことがない。しかし、面白い問ではあった。
 言葉を返せないでいると、パターソンは「我が意を得たり」とでも言いた気にこう付け加えた。
「ダイスケ(松阪大輔)はどうだい? 今、13勝10敗ぐらいだろう?」
 実際には13勝11敗だが、他球団の選手のことまでよく知っている。
 なぜだろう。
 

 パターソン投手コーチの逆取材は、彼が選手を守る立場であるからだろう。しかし、その問いかけに耳を傾ける価値はあった。
「ヒデキ(松井秀喜)だって最初は苦労したっていうじゃないか。たぶん、彼やダイスケらはケイよりもうまくメジャーに順応できたのかも知れないが、もしも彼(井川)が開幕から今に至るまでずっとメジャーにいたとして、彼が10勝10敗だったとしても、そんなに不思議なことではない」
 成功と失敗。二極化した考え方で物事を捉えれば、井川の今季は成功とは呼べないシーズンだった。しかし、性急な結果を求めなければ、その答えは違ってくるかも知れない。
「メジャーしか見てないような人たちには信じられないかもしれないが、ここ数試合は本当に良くなっている。さっき、ブルペンで見ていただろう?」
 月曜日の試合前、ブルペンに入って投球練習を行った井川は、一通り球種を投げ終えた後、パターソンの要求通りにボールを操って見せた。
“0−2 slider…Off the plate!”
 パターソンがそう言った。2ストライク・ナッシングからのスライダー。ボールになるコースへ。なるほど、実戦に即した一球だ。追い込んでいるのだからストライクを投げる必要はない。
“0-2 slider…Strike!”
 今度は右バッターのアウトサイドのボールからストライクゾーンに入ってくる通称“back door=裏口”と呼ばれるスライダーだ。これも実戦的である。気の早いバッターなら遠くへ外れたボールだと判断し、見逃しの三振に倒れてしまうだろう。
 

 もちろん、練習で出来ていることがそのまま実戦でやれるという保証はない。しかし、練習で出来ないことを試合でやるよりは確率が高い。
「あれ(ブルペンでの投球練習)が今年いろいろとやってきたことの成果の一つなんだよ」
 とパターソン投手コーチ。しかし、ヤンキースが今年一年かけてケイ・イガワというピッチャーを再構築してきた過程で、疑問はまだ幾つも残っていた。
 例えば最初にマイナーに落ちた時、投球フォームが問題だと言われた。
「上体が反る癖は直さなければならない。だが基本的にはそれだけだよ。私自身はDrop & Drive(投球時に軸足を折り、腰を沈めて踏み込んでいく投げ方)については気にしていない。それで低めに球を集められるならそのままでいい」
 中四日の調整についてはどうなのだろう。メジャーの投手は二日目に投げ込むが、井川は日本にいた頃と同じに三日目に投げることを貫いている。
 大事なのは、とパターソン。
「本人が居心地良くやれるかどうかなんだ。三日目に投げてまるで結果が出なければ提案はするさ。こうしてはどうかな? みたいにね」
 実はケイ・イガワ再構築計画が進行中、井川本人は「彼ら(コーチ)の仕事は理解している」と言いながらも、全面的にその考えを受け入れていたわけではなかった。
「あの人(パターソン)は自分の好きなようにやらせてくれてますし、彼が言うことも理解してますから」
 と井川。それ以上のことはここで語る必要がないだろう。
 

 レギュラーシーズン最終日の試合前、スクラントン・ヤンキースの若手投手たちは、キャッチボールの最中にパターソン投手コーチからカット・ファストボールを伝授されていた。もちろん、その中に井川の姿もあった。
 それは「こうするんだ」という類のものではなく、「こうやったら、もっと曲がるかも知れないよ」という問いかけのようだった。
「彼(井川)の投げるボールにムーブメントがあったらいいとは思う。彼は2シームを投げられるし、例えばカッターを右バッターのインサイドに投げた後でアウトサイドに2シームを投げれば、投球の幅は広がって当然だからね。だが、あくまでも大事なのは球種ではなくて、ストライクゾーンを広く使うことなんだ。彼の速球に問題があるわけじゃない」
 井川はカッターを「自分に合わないんじゃないかな」と言った。
「……自分の投げ方とか腕の振りとかに。今のところは全然、変化していないですから」
 パターソン投手コーチが言うように、球種はおそらく最大の問題ではない。なぜなら、井川の生命線はチェンジアップのはずだからだ。
「あとはきちんとゲームであのチェンジアップを投げられるかどうかだ」
 とパターソン。メジャーではチェンジアップを投げてもストライクが入らない、だから使えない、サインも出ない、という悪循環があった。それはこれからも変わらないのではないか? そう言うと、パターソンはまた例の「我が意を得たり」という表情になって微笑んだ。
 

 良くても悪くても、チェンジアップをメジャーリーグで数多く投げる方法とは何か。
 それはパターソンに言わせると「シンプルなこと」だった。
「ケイが自分で言わなくちゃいけない。『ホルヘイ(ポサダ)、僕はもっとチェンジアップを投げたいんだ。ちょっとぐらいストライクが入らなくても、その内良くなってくるから、我慢してサインを出してくれないか?』ってね」
 もしも、それを言えなければ、どうなるのだろう?
「たぶん、同じ失敗をするだろうな。試合で投げなきゃ良くならないし、誰も助けてくれないもの」
 ポータケットで見た井川のチェンジアップは、確かに以前よりも良くなっていた。試合でも投球練習でも、それは確実に向上していた。
「まぁ、コントロールだけですね。自分のチェンジアップって、そんなに曲がったりしない。大きく変化するようなボールじゃないんです。スピードだけ」
 と井川は言った。実戦に即した投球練習の際にも、彼はそれを垣間見せていた。例えばスライダーを右バッターのアウトサイドを想定して投げる。その直後にパターソン投手コーチがこう言うのだ。
“Same range. Change up!”
 今投げたスライダーと同じ範囲に、今度はチェンジアップを、と。
 そこで井川はスライダーが決まったのとほとんど同じコース、同じ低さにチェンジアップを投げ込んだ。
「まぁ、練習ですから。でも、前より良くなっているという手応えはある。だから今、この状態でメジャーに行って投げたいんですけどね」
 自分の調子がいい時にメジャーのマウンドに上がりたい―。
 ベースボール・シーズンが佳境に入った9月、マイナーリーグを経験した者なら誰もが経験するもどかしさを、井川もまた感じていたのである。
 

(文中敬称略)

 

  

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