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●KQUEST COLUMN 2007

KQUEST 第五回 Start Again -1-

 

  「では、明日は9時集合ですので」
 もう間もなく車を停めようかという時になって、井川は突然そう言った。  朝9時に迎えに来て欲しい、という意味だった。
 それは6月22日の金曜日、午前12時を過ぎたばかりのことだった。
 朝9時? どうせ、また得意の大洗時間だろうと思ったが、どうもそうではないらしい。
「やることがあるんで。(ホテルから出るチームの)バスは10時40分だったと思いますけど」
 やること……。それがいったい何であるのかは、あまり深くは訊く必要がなかった。少ない睡眠時間で早起きしろというのは冗談に近かったが、朝9時から練習を始めるというのは本気である。
「チームと一緒に動いてたんじゃ、また、練習する時間がなくなってしまうから、お願いします」
 口元に笑みを浮かべながら、井川はそう付け加えた。
 約一ヵ月半のマイナーリーグ暮らしは、彼に何をもたらしたのか。
 朝に弱いはずの井川が、サンフランシスコで言った「早出練習」は、その一端を垣間見せるものだった。
 メジャーとは雲泥の差の環境にあるマイナー生活で気づいたこと。マイナーリーグという場所でやって来たこと。どうやら彼は、自分なりの方法でアメリカの野球に適応する術を発見したようだった。
 

   22日の試合前、井川はサンフランシスコのAT&Tパークの陽だまりの中にいた。午後6時半を過ぎていた。すでに最新鋭のボールパークの半分以上は影の中にあった。強い西日が、ちょうどビジターチームのブルペン辺りを境界線に差し込んでいた。
 じっくりと遠投した後、井川はブルペンに入って試合前の投球練習を始めた。
 彼はキャッチャーを座らせずに、いわゆる立ち投げ―キャッチャーが立ったままでマウンド中から投げること―を行った。それはメジャーにいる他の誰よりも長い時間に感じられた。
 他の誰よりも、というのは、それがアメリカでは普通ではないからだ。  アメリカ人やアメリカで野球をやっている外国のピッチャーたちは、見ているこっちが呆気にとられるほど早く座ってしまう。
 そもそもキャッチボールのやり方からして微妙に違う。
 日本人なら最初は短い距離から腕をほぐしていくように山なりのボールを投げる。そこからゆっくりと距離を伸ばし、やがて力を入れて投げ始めるのが日本では普通となっている。
 ところがアメリカではそういうやり方をしない。  アメリカではいきなりバッテリー間ぐらいの距離に開いて、最初から力を入れて投げ始める。
 井川がメジャー復帰第一戦のサンフランシスコで見せたウォーミングアップは、明らかにマイナー降格前の彼のやり方とは違っていた。
 

 その日の井川は、ブルペンから調子が良いように見えた。
 力を抜いた、無理のない投球フォームから、何度となく強いボールが繰り出された。
 低めに投げたファストボールは、まるで白い糸をひいてキャッチャーミットに吸い込まれるかのようだった。
 もっと大きな驚きは、変化球のコントロールが向上していたことだった。
 特にチェンジアップはキャッチャーが構えたところへ的確に投じられていた。
 それはいい兆しだった。もちろん、ブルペンの出来が試合に反映するとは限らないし、むしろ、当てにならないことの方が多いのだが、チェンジアップが低めに集まるところを見て、期待が膨らまないはずはない。
 井川はかつて、制球力をつけるコツを「続けて投げること」だと言った。
「ダーツと一緒ですよ。ダーツが簡単なのは、自分の番が回ってきたら三回続けて投げられるからなんで。どこに投げるのかは感覚的なものだから、続けて投げた方が修正し易いし、そうなると当然、(的に当てる)精度は良くなるはずでしょ?」
 AAA級スクラントン・ヤンキースでの最後の2試合、井川はチェンジアップを数多く投げた。
「キャッチャーが続けてサインを出してくれたんですよ。一球目が高めに大きく外れても、続けてチェンジアップのサインが出るから、当然、二球目はコントロールし易くなる」
 ブルペンでの井川は、マイナーで培われたチェンジアップの制球力を、再び呼び覚ます確認作業だったのかも知れない。
 

 試合前の投球練習が終わった時、少しおかしな動きがあった。
 ブルペン・キャッチャーを相手に井川は、再び立ち投げでキャッチボールを始め、試合前の投球練習を終えようとしていたのだ。
 それも日本式だった。いや、日本人なら誰もがやっているというわけではないので、井川式と言った方がいいだろうか。
「こっちのキャッチボールとか投球練習って、いきなり終わってしまうでしょ? 始まるのも突然だけど、終わるのも全力投球して、突然、終わる。それが自分にとっては何となく変な感じだった」
 ハプニングはさらに起きた。
 遅れてウォーミングアップに姿を現したホルヘイ・ポサダが、そのキャッチボールの最中に井川に声をかけ、再び、投球練習が始まったのだ。
「自分としてはもう終わろうとしていたんですけど、ちょっと受けさせてくれって言われたから、ちょっとだけやりました」
 ただし、仕方なくポサダのために投げた井川だったが、最後は自分のやり方を貫いた。
 投球練習を引き上げて帰ろうかとするポサダを引き止め、ブルペン・キャッチャーとそうしたように、井川は再び立ち投げの力を抜いたキャッチボールを始めたのである。  ポサダは戸惑いながらもそれに付き合い、すでにダッグアウトへ向かおうとしていたロン・ギドリー投手コーチも足を止めた。
 

「マイナーではずっとやっていたんですよ」
 投球練習の仕上げにやるキャッチボールについて、井川はそう説明した。
「マイナーのキャッチャーとはずっとあんな風にキャッチボールをして投球練習を終わらしていた。まぁ、マイナーでは徹底的に自分のやり方を貫かせてもらいましたね」
 キャンプからオープン戦、そして、メジャーでのシーズン序盤に至るまで、井川はアメリカ流のやり方に合わせて失敗した。
 前にも言ったことがありますけど、と井川は言葉を続けた。
「とにかく、次に何をやるのかがさっぱり分からなかったんで、周りを見ながらやっていた。まぁ、それじゃ駄目だってことが分かっただけでも収穫なんじゃないですかね」
 失敗は成功の糧とは言うが、そのためにマイナーへ降格したのだから、何かをしなければならなかった。彼が出した結論は、アメリカ流に合わせていくのではなく、自分流を貫くことだった。
 中四日の登板の合間に行う調整法。試合前のウォーミングアップの仕方。食生活では多少の犠牲もあったというが、彼は出来る範囲で自分のやりたいようにやってきたのである。
「やっぱり、8年間もやって来たことって、なかなか抜けないし、変えられないですからね。こっちのやり方でうまくいかなかったんだから、自分のやり方を貫いた方がいいし、うまくいかなくても後悔はしない」
 試合前の投球練習、そして、日本式のキャッチボールを終えた井川は、ポサダと軽く拳を合わせてダッグアウトへと向かった。すでにボールパークの中は西日の影に沈んでいた。照明塔のカクテル光線がヤンキースのバッテリーを照らしていた。
 井川のメジャー復帰第一戦のはじまりの時は、刻一刻と近づいていた。
 

(次号に続く)

 

  

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