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●KQUEST COLUMN 2007

KQUEST 第一回 See you 後編


 二日後の朝、井川は閑散とした高速道路に愛車を走らせていた。
「このままだったら早く着いちゃいますね。イガワ的にはイマイチだなぁ」
 遅刻の常習犯と噂される井川だが、それは本人の弁によると「大洗時間ですから」ということになる。
「(大洗時間というのは)あるんですよ。本当ですって」
 と井川。ことの真偽はともかく、この日のスケジュールもすでに遅れ気味だった。彼が言う「早く着いちゃいます」という時間でさえも、マネージメント事務所から言われていた集合時間よりは、確実に遅かった。首都高に入って渋滞し始めると、世の中の人々とは正反対に、井川は「ちょうどいいかも」と言いながら、無邪気に喜んだ。
「その後でパーティーがあって、終わったらラジオですね。全部終わったら何時になるのかな?」
 当り前の話だが、“ヤンキースのイガワ”の商品価値は、“阪神の井川”よりも大きなインパクトを持っている。この日の最初の予定はアメリカ製スポーツ用インナースーツの輸入元の業者向け展示会への参加だったが、始球式を行った井川がステージに姿を現すと、集まった人々からは「おぉーっ!」という歓声が挙がった。
 考えてみれば、自主トレーニングの最中から、周囲の反応が例年とは少し違っていた。去年までならトレーニングが終わってからサインを求められたのだが、今年はトレーニングの合間の休憩時間にも声をかけられた。今まで“阪神の井川”に無関心だった人々が、“ヤンキースのイガワ”には敏感に反応していたのである。
 それはイガワがこれから向かおうとしている場所=アメリカから見ると、とても違和感のある状況だった。入札額を含めて総額1億ドルを超える大金を動かしてレッドソックスに入団した松坂大輔に比べると、井川慶への評価は驚くほど低かった。例えば“DICE-K”が誰であるのかを知るアメリカの野球ファンは多かったが、“Kei Igawa”のことを知っている者は極端に少なかった。
 日本では左右の両エースと言っても良い存在だったかも知れないが、アメリカでは片や“エース級”、片や“先発の4、5番手”という扱いだった。中には先発ローテーションに入るのも「簡単では無い」と報じた米紙もあったほどだが、そういった現象が起きていることについて、井川は「そういう状況って、面白いと思いますけどね」と言った。
「だって、それだけ評価が低いってことは、頑張れば上を食っていけるってことじゃないですか」
 こういう話をする時、井川は喜々とした表情になる。彼は自分の置かれている立場を、「上を食う」という言葉の響きを、そして、下の者がその実力で上にのし上がっていける状況を、心の底から楽しんでいた。
「まず、先発に残んないことには話しにならない。よく訊かれるけど、成績とか、相手とかはそれからの話。……岩田とか田村と立場は変わらないですよ」
 プロ野球選手として雇われている限り、そこには所属球団からの期待が必ず存在する。単に銭金の問題なら一軍でのキャリアがないに等しい若虎軍団と、井川の間にあるキャリアの差は歴然としていた。しかし、彼らの目標は「生き残る」というキーワードにおいて、共通していた。

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