「やんなきゃいけないとは思ってますけど、(渡米の)準備もする暇ないんです」
このオフ、井川は阪神時代よりも遥かに多くのメディア媒体に登場していた。スポーツ新聞や雑誌だけではない。TVやラジオへの出演、それに加えて、契約している用具会社の催し物に至るまで、休む暇もないほどの強硬日程が続いた。当然、行く先々ではサインも求められる。
「千枚は超えているんじゃないかな? 間違いなく、過去最高です」
それらの多忙を呼び込んだ理由は、言うまでもなく、このオフのヤンキース移籍、メジャー挑戦である。
「もうかなり追い込んでいますよ。忙しいので時間の調整が難しいですけど、やる時はきちんとやるのが井川君らしいところじゃないですかね」
と、添田隆也トレーナー。1月、メジャー挑戦に向けての自主トレーニングはすでに中盤に差し掛かっていた。二度の渡米で大きく時間を割かれる中、井川は元旦以外の年末年始をトレーニングに明け暮れていた。
シーズン145試合から162試合へ。一週間に一回の先発登板から中四日での登板へ。メジャー挑戦のために、やれ心肺機能だ、持久力向上だ、と語りたくなるところだが、そういうことにあまり意味がないのは、井川自身がよく分かっていた。
「それは行ってみないと分からないでしょう。実際にやってみないと口でいろいろ言っても仕方ないんだし」
ありきたりな質問をすると、ありきたりな答えしか帰ってこない。周囲の状況は大きく変わろうとしていたが、井川自身は何も変わっていなかった。
変化と言えば、恒例の自主トレーニングに少しばかりの変化があった。それは阪神タイガースの後輩である田村亮平と岩田稔の両左腕投手、そして、現役の大学生ながらプロ・ゴルファーでもある青山加織の三人がトレーニングに加わったことだ。
驚くべきことに、アジリティ(敏捷性)のトレーニングをやれば、井川が思わず「速い!」と漏らすほど、岩田の能力は高かった。最初は先輩を気遣ってか、砂浜を遠慮がちに駆けていた田村も、やがて井川を引っ張るように底なしの持久力を見せ始めた。体力面ではどうしても男性に劣ってしまう青山も、信じられないようなガッツを見せて練習についていった。
しかし、若者たちの方は、我々、外部の人間とは違う見方をしていた。
「話には聞いていたけど、まさかオフの間にここまで激しいトレーニングをしているとは思わなかった」
若虎の一人がそう教えてくれた。量ではなく質。そして、長年積み上げてきた蓄え。井川が若者を凌駕しているとすれば、そんな部分だった。敏捷性にしろ、持久力にしろ、何か一つが秀でているわけではなかったが、井川にはどれもそつなくこなせるバランスの良さがあった。今から全盛期を迎える者と、20代前半の若者との差はメニューを重ねるごとに顕著になっていった。
「ハイハイ! まだ行ける、行ける!」
その日の午後、井川は無人の体育館で若虎を煽り立てた。
去年までは、彼の孤独な息遣いだけが響いていた同じ場所で、かつての彼自身のような、若い才能の身体が震えていた。
(次号に続く)
文中敬称略
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